特集:釣具に歴史ありとは?
釣具に歴史あり。数多ある釣具の歴史を紐解いていくシリーズ企画です。いかにして現代の釣具は形作られてきたのでしょうか?普段の釣行では何気なく使っている釣具。しかしその歴史に触れると、また違った見え方になるかもしれません。
現代の釣竿はグラスやカーボンといった化学繊維から作られたものがほとんどです。しかし、日本古来から連綿と使い続けられてきた竹を素材とした和竿は、独特の調子があり、釣りをより魅力的なものとして楽しむことができることから根強いファンを多く持ちます。「江戸川」と「江戸藤」の2つの和竿ブランドを持つ櫻井釣漁具。今回は江戸藤二代目の飯田健之氏に、和竿の魅力やその製造の大変さ、職人としての想いを語っていただきました。
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第1回「創業130年!?日本の釣りにサクラあり」
受け継がれる「江戸藤」という和竿ブランド
ツリグラ編集部(以下 編):飯田さんは櫻井釣漁具に入られて何年くらいたつのでしょう。
飯田健之氏(以下、飯田氏):入社して約30年です。3代目の櫻井宏克氏から和竿作りをはじめいろいろなことを教わってきましたが、同時に江戸川工房専属職人の先輩社員、江戸藤を名乗っていた森口藤吉郎氏からは厳しく和竿作りを教えこまれました。
編:森口藤吉郎氏とは徒弟関係といえるのでしょうか。
飯田氏:まさにそうです。いつも怒られていた思い出ばかりです(笑)。
編:飯田さんの修行期間はどのくらいあったのですか。
飯田氏:会社に入ってから先代が健在なうちはずっと。20年以上ですね。間違えたら怒られ、手を抜いたら怒られ、怒られ続けた修行時代です (笑)。
編:森口氏から江戸藤を受け継いだのは何年前ですか。
飯田氏:森口氏が他界してから4年目に、江戸藤を名乗るようになりました。そして、江戸藤2代目を名乗って6年目になります。
編:江戸藤3代目を継承していく若い社員への教育はされているのですか。
飯田氏:和竿の 世界は感覚的なものが多く、数値化できないものが多いと思います。そのへんは勘どころを覚えるしかないでしょう。特に切り組みなんてそうです。この素材とこの素材を組み合わせたらこういう調子の竿になる、というのを組み合わせてみなくちゃ分からないようではダメ。組み合わせる前に、どんな調子の竿になるのかイメージできなければなりません。「組み合わせたあとで、調子が出ていませんでした」では、その仕事は無駄になってしまうからです。
編:確かに感覚的なものが多そうです。
飯田氏:例えが適当かどう分かりませんが「自転車の乗り方を口で言ってみろ!」というのと同じだと思うんです。だから昔ながらの「親方の仕事を見て覚える」というものになりがちです。私自身も言葉で言うのが苦手で(笑)。でも、今の若い人たちに対しては、しっかり下仕事をさせて、少しずつ竿に触れさせ、そこから徐々に勘をつかんでもらいたい。まずは失敗してもよい仕事から始めさせています。失敗の数=経験の数ですからね。
「ノリのよい竿」が和竿の特徴であり魅力なのだ!
編:飯田さんは和竿だけを手がけているのでしょうか。
飯田氏:もちろん和竿作りも行いますが、グラスやカーボンといった素材の竿を作るために、和竿作りの切り組や塗装、すげ込み(竿のつなぎ部分の加工)、こゆみ(つなぎ部分の硬さ調整)といった技術を開発部門にフィードバックさせる役目もあります。
編:これも櫻井釣漁具にいればこそ、と言えるのでしょうか。
飯田氏:竹を使った和竿作りの職人にとって、グラスやカーボンといった素材の竿作りに携わっていないので分からないと思います。また、竹素材の竿を扱っていない大手メーカーのロッド技術者にとっては、和竿作りのノウハウはご存知ないでしょう。そうして考えると櫻井釣漁具にいればこその技術であったり、知識だといえます。
編:グラスやカーボン素材の竿と比べ、竹素材の和竿が優れているところはなんでしょう。
飯田氏:素材のスペック、性能的な面でいえば、グラスやカーボンといった化学繊維素材のものに適いません。では、和竿は劣っているのかというとそうではありません。一言でいえば「魚のノリ」でしょう。東京湾におけるハゼ釣りの競技会では、和竿がよく使われます。これはハゼが餌をくわえたとき、グラスやカーボン素材の竿だとすぐに離してしまうのに、調子のよい竹竿だとくわえたあとすぐに離すことがありません。結果、釣果が伸びます。このような竿が「ノリのよい竿」ということになると思います。
編:しっかりと実釣性能も兼ね備えているわけですね。
飯田氏:あと魚を釣り上げるときに差がでます。カーボン素材の竿だと、魚が掛かったあとピンピンといった感触がありますが、うまく調節された和竿ならきれいに竿が絞り込まれて曲がり、釣り味もおおいに楽しむことができます。
編:いつも竿作りしているとき、どんなことを考えていらっしゃいますか。
飯田氏:他の竿師さんはどうか分かりませんが、「調子が第一」と考えています。先代の江戸藤に、調子が悪い竿を作ったら必ず怒られていました。調子とは竿のしなり具合のことです。「良い調子」というのは、その釣りの目的にあっていること、不自然なところのないこと、釣りやすいこと、これらを兼ね備えていると言えます。
編:調子のよい竿を作るためのポイントはどんなところなんでしょう。
飯田氏:先代からは材料をよく吟味しなさいと言われていました。和竿が高価な理由の一つは、材料のロスが多いからかもしれません。材料を使い切るのも腕なのかもしれませんが、おそらく半分以上がゴミになってしまいますからね。
編:よい和竿の選び方にはどんなものがありますか。
飯田氏:きれいに見える竹がよいと考える方が多いですが、材料となっている竹がいかに筋肉質であるかは大切なポイント。ようするに、材料となる竹の繊維が詰まっていて、ちょっと重いくらいのものを選ぶのがよいのです。野布袋と呼ばれる自然に生えた布袋竹には筋肉質ですごくよいものが多いんですけど、成り行きで育ったものだけに見た目が悪い。多くの人はまず見た目がよいものを使いたくなるのですが、すぐに狂いがきたり、すぐ折れてしまったりすることも多いのです。だから、このようなことがないよう「材料の本質を見なさい」というのも先代からの教えで、今でも竿作りにおいてこだわっているところですね。
編:筋肉質で詰まっている簡単な竹の見分け方はありますか。
飯田氏:切り口の下から見たとき、白い部分と黒い部分があります。黒い部分は硬くてしっかりしている所、白い部分は人間でいえば贅肉みたいなものです。上物になればなるほどこの黒い部分が多く、竿作りでは大切な知識なのです。私たち竿師としては、できるだけ硬くてしっかりした素材で和竿作りをしていきたいと考えています。
和竿職人の技術が理想の竿を具現化する
編:和竿作りの醍醐味とは何でしょうか?
飯田氏:竹竿は切り組などで調子が変わりますから、材料を選んで作ることで思い思いの理想の竿を作ることができることでしょう。
編:和竿作りはどのような工程から始まるのでしょう。
飯田氏:竹材の元、切り出してきた原材は皮を剥きサラシ(水分を抜いたり青味を抜いたりする天日干し)たあと、竹材の中に潜む虫を殺したり元々の曲がりを修正するタメ(火入れ)を行います。これだけで手はゴワゴワになっちゃいますよ(笑)。そして竹材の種類にもよりますが、寝かせる時間は年単位です。原竹が届いてから準備ができた原材から切り組ことを考えると、商品まで加工するのに時間もそうとうかかります。
編:和竿作りは表面に漆を何度も塗るとお聞きしていますが、どのくらい塗るのでしょうか。
飯田氏:耐久性をつけるために10回以上の塗りを行います。拭き漆(薄い漆を塗る手法)をとんでもない回数をやることもありますし、また生正味(漆の原液)や梨子地(なしじ・仕上げに使う高価な漆で表面の色艶をよくする)を使い分けて何回も塗っていくこともあります。それも塗っては乾かしの繰り返しですから、1本を作り込むのに半年以上かかってしまうのです。
編:半年以上・・・他にはどんな手間がありますか。
飯田氏:塗り以前の行程ですが、竹の節を合わせることも大変です。上物と呼ばれる和竿は、元竿から穂先まで並べたとき、竹の節の位置がそろっています。すぐに理想の素材が見つかるわけでもないので、材料の竹を選ぶのにも時間がかかります。こういった見た目にもこだわった和竿の価値を理解して、手に取っていただきたいです。
編:現在、櫻井釣漁具から販売されている和竿の特徴はなんでしょうか。
飯田氏:和竿に関していえば、他の竿師さんとの違いになります。さらに、和竿作りのノウハウをフィードバックして、グラスやカーボンという素材に対応でき、「ハイブリッドの竿を組むこともできるようになったこと」が櫻井釣漁具ならではです。
編:ハイブリットですか。例えば、どんな竿でしょう。
飯田氏:タナゴ竿は1~5番まで継があり、それを継いで使いますが、今やろうとしたら2番と3番だけグラスで作って、他の部分を竹竿にするとかすれば幅がすごく広がると思うんです。竹竿作りを覚えると、調子の出し方や仕立てのやり方というものが、グラスやカーボンという素材にも応用できるところがすごく多いんです。
和竿づくりのこれから
編:和竿職人にとって、いま一番の問題はなんでしょう。
飯田氏:率直に言うと、竿師さんは現在、弟子を取ることができません。和竿はある程度高い価格で売らなければ採算が取れませんが、なかなか見合った価格で売ることができないことからです。幸い私は会社組織のなかに身を置かせていただいてますから、他の竿師さんと違い手間をかけて和竿作りに取り組むことができるのが強みだと思います。
編:櫻井釣漁具のなかで、和竿を将来どういう形で継承していくのでしょうか。
飯田氏:昔ながらの竿師というものは、親方がいて、その下に数人の弟子がいて、その下に下働きがいて、少しずつ技術を継承しステップアップしていくものなんです。しかし、いま多くの職人が弟子を取れないくらいに日本社会のなかで、職人の社会的地位が低くなってしまったから、若い人たちがやろうとしません。実際に昔のようにやったら大赤字になってしまうかもしれませんね。
編:飯田さんの下について勉強されている方はいらっしゃいますか。
飯田氏:少しずつですが、若い社員に教えるようにしています。そして、うまく継承していってくれることを祈っています。前述したように櫻井釣漁具では、グラスやカーボン素材の竿の開発もしていますが、和竿を触ることができ技術の継承ができるというのが大きなメリットですね。
編:和竿の世界から見たときはいかがですか。
飯田氏:現在、江戸和竿協同組合に所属させていただいてますが、毎年のように1人欠け2人欠けして事業を終えています。私と縁があった竿治さんも終了しました。みなさん、技術を継承していくお弟子さんがいないからなんです。私の場合、先代の江戸藤が亡くなって10年たちますが、最後にお見舞いに行ったとき「後進だけは残しておけよ」と言われました。今でも耳に残っている言葉です。私の場合、会社組織のなかでやらせていただいてますので、そこはアドバンテージとなり何とかなると思っています。
——— 「江戸藤」「江戸川」 の2大和竿ブランドを展開する櫻井釣漁具。和竿ならではの「ノリの良さ」を追求し、現在でも脈々と受け継がれています。その工程のこだわりからお安くはない和竿ですが、グラスやカーボンとは違った特徴・釣り味を求めてみるのもいいかもしれません。
次回、最終回となる第3回のテーマは櫻井釣漁具の現在。創業から130年以上の歴史を持つ同社ですが、現在はどのような商品を展開しているのでしょうか。サクラならではのロッドの魅力に迫ります! ———