【釣具に歴史あり】櫻井釣漁具編 第1回「創業130年!?日本の釣りにサクラあり」

特集:釣具に歴史ありとは?

釣具に歴史あり。数多ある釣具の歴史を紐解いていくシリーズ企画です。いかにして現代の釣具は形作られてきたのでしょうか?普段の釣行では何気なく使っている釣具。しかしその歴史に触れると、また違った見え方になるかもしれません。

櫻井釣漁具は1888年創業という、世界的にみても長い歴史を持つ釣具メーカーです。竹竿からはじまり、六角竿、グラス竿、そして現代は最新のカーボンロッドはもちろん竹製の和竿と、伝統に裏打ちされた各種釣竿が世に送り出されています。そんな長い歴史を持つ同社の軌跡を副社長の櫻井真行氏にうかがいました!


創業時の竹竿から昭和初期の六角竿へ

副社長:櫻井 真行 氏

ツリグラ編集部(以下 編):江戸前の釣竿はもちろん、日本製SAKURAブランド釣竿を輸出する、世界で最も歴史の長い釣竿メーカーである櫻井釣漁具の創業、その歴史はどういったものだったのでしょうか。

櫻井氏:私の曾祖父である櫻井信太郎が1888年(明治21年)にテグスをはじめとした釣具を扱うお店として創業しました。当初は現在の飯田橋上流の大曲近辺にお店はあったのですが、川の氾濫で2回お店が流されてしまい、現在の神田鍛冶町に引っ越した経緯があります。

編:櫻井さんで何代目になりますか。

櫻井氏:私は自分のことを4.5代目(笑)とよく言ってます。兄の孝行が4代目、父の宏克が3代目、祖父の博が2代目ということになります。

編:どのような経緯から釣竿作りを始めたのでしょうか。

櫻井氏:曾祖父の信太郎がアユ釣り(ドブ釣り)をかなり好きだったようで、アユ竿作りに手を出したのが最初です。当時は竹を使った和竿で、和竿職人の竿治さんの工房に出入りして製造方法のアドバイスを受けていたようです。大正時代の神田界隈を紹介した冊子に、うちのお店の写真が出ていますが、それによるとうちのお店が扱っているのは「各種釣具、各種釣竿の製造」とも書いてあります。釣具店を営みながら問屋、釣竿制作をやっていたことが分かります。

編:立上げ期の商品バリエーションはどういったものなのでしょう?

櫻井氏:昭和初期のカタログを見るとテグスをはじめ仕掛けなどいろいろなものが出ていますが、アユ竿をはじめ江戸前のシロギス竿や釣堀用のコイ竿、フナ竿など各種釣竿も出ています。

編:いろんな釣種に対応していたのですね。エポックメイキングとなった竿はありますか。

櫻井氏:時期は正確には分かりませんが、戦前から六角竿を作っています。もともと六角竿は欧米で開発されたもので、「トンキンケーン」という竹を正三角形に切り出し、それを6本合わせて接着したものです。日本ではトンキンケーンが入手できなかったので、我が社では真竹を使用していました。フライフィッシングでバンブーロッドと呼ばれている竿がありますが、まさにそれです。

編:この六角竿のなかで一番人気は何だったのでしょう?

櫻井氏「コンビネーションロッド」と呼ばれていた、グリップを上下付け替えることで、フライロッドからベイトロッドに替わる竿があったのですが、朝鮮戦争のときにかなりの本数を売ったようです。これを米軍基地で本国へ帰る兵士に売っていて、1万本を売った記念としてトラックに積み込む写真が残っています(笑)。

神田に引越した昭和28年頃の店舗写真
(駐留軍向けに六角竿10,000本出荷時)
グリップの上下を付け代えるだけでフライロッドがベイトロッドに変わる六角竿のコンビネーションロッド
ガイドはフライロッドで使用されるスネークガイドを装備

編: 1万本・・・ものすごい数字ですね。このコンビネーションロッドはかなり面白い構造ですが、櫻井釣漁具による発明ですか。

櫻井氏:欧米にあったものを参考に作っていたようです。当時の櫻井釣漁具の輸出用のカタログにも載っています。コンビネーションロッドはもちろん、フライロッドやルアーロッド、ビーチロッドと呼ばれていた船竿など、すべて六角竿です。中にはジャパンフィニッシュというものがありますが、これは漆仕上げのものです。

編:このコンビネーションロッドのパッケージの中に、フライやワームなども入ってますね。

櫻井氏:当時、フライの他にソフトベイトも作っていました。サクラベイトと言って、テグスがナイロンから作られていることをアイデアに祖父が考えたようです。アメリカのクリーム社からもソフトベイトが発売されていましたが、弊社のほうが早かったようです。つまり、ソフトベイトを作ったのは、櫻井釣漁具が世界初ということになると思います。

編:どんなソフトベイトを作っていたのでしょう。

櫻井氏:淡水魚用はもちろん海水魚用まで種類は多いです。現在ある小型ソフトベイトと変わらないものから、長さ30cmくらいもあるヘビのイミテーションやおとりアユ、中には30cmくらいのサンマそのものと見紛うものまであります。このサンマのソフトベイトですが、「本物のサンマで型取りしたのでは?」と思うほど精巧に作られてます。

ウロコの状態まで再現したさんまのイミテーションベイト
現在まで問題なく使用できるクオリティーのおとり鮎とフロッグ
蛇のイミテーションベイト。どのようにして使用されたのだろうか?
小型水生動物から水生昆虫など多種のソフトベイトを作っていた

櫻井氏:当時「サクラベイト」と「フジベイト」の商標を登録していましたが、アメリカでは地域によって弊社のルアーがかなり普及していたようで、ソフトベイトのことを「フジベイト」と呼ばれていたと、アメリカに住んでいた方からうかがったことがあります。戦後まもない1946、7年頃にアメリカのシアトルで開催されたビジネス博覧会に櫻井釣漁具が出展しているのですが、これらの商品で注目を集めたのか表彰されています。


一世を風靡したグラス製の各種釣竿

編:竿の素材として次にグラスの時代ですよね。いつ頃からグラス素材に着手していたのでしょうか?

櫻井氏:グラスロッドへの着手も早かったですね。1960年代から取り組んでいます。

編:まずどのようなロッドから作られたのでしょう。

櫻井氏「江戸川」という並継ぎのへら竿を出したのですが、流線型と放物線という先代のへら竿に関する理論から作られたもので、商品として出せたのが1965年です。

編:釣り人からの評価はいかがでしたか。

櫻井氏:みな画期的だと喜んでいただけたそうです。5,800円という当時にしては高価な竿でしたが、それでも「これは良い!」と評価をいただきました。なかでも関東へら鮒釣研究会の初代会長でもある和田敬造さんからとても気に入っていただき、開発や普及活動に一翼を担っていただきました。その後、アユ竿やコイ竿をはじめ、他の対象魚用の竿へとバリエーションは広がっていきます。そして、江戸川というへら竿はモデルとしては変わったものの弊社にとって大切なブランドになっています。

編:他に話題になったグラスの竿はありますか。

櫻井氏:1970年代の竿で「日本号」というシロギス狙いの投げ竿も話題の逸品です。当時、神奈川県小田原市の西湘海岸をフィールドにしていた小田原一鱚さんなども開発に携わっていただき、大口径が話題の投釣り竿でした。彼はこの竿で200mを超す超遠投の釣りを編み出し、新しい投げ釣りの世界の先駆けとなりました。当時は砂浜にずらっと日本号が並んでいたほどらしいですよ(笑)。

一世を風靡した大口径ガイドが特徴の投げ竿「日本号」

編:次々とエポックメイキングな竿が出てきますね。

櫻井氏:挙げればもっと出てきますよ(笑)。1970年代にはクロダイ狙いの筏釣り用の竿もうちが一番最初に作りました。最初は六角竿で、次がグラス、そして竹竿という順に商品化しました。これはお客様の要望などを取り込んでいくことで変化していったモデルです。「マジックチヌ」(三代目江戸川の櫻井宏克作品)という商品名で、これも話題となった竿です。

テンカラ竿もいち早く制作していました。もともとテンカラ釣りは漁師の釣りだったのですが、それをレジャーとしての釣りの世界へ持ち込んだのが弊社です。最初はへら竿を改良して作っていたそうですが、徐々に発展して現在の小継ぎのテンカラ竿になりました。この竿は鈴木魚心さん(釣りキチ三平の中に出てくる風来坊釣り師の鮎川魚紳のモデル)との交流から生まれた竿で、当時のヒット商品のひとつと言えるでしょう。


少量生産のロッドがオリジナリティを高める

編:櫻井釣漁具の強みとは何なのでしょうか?

櫻井氏『少量生産ができること』でしょうね。多くのメーカー、特に大手メーカーさんはひとつの竿を作るために、ある程度まとまった量の生産をします。採算を取るためにはしかたがないことかもしれません。うちは、物によって1~30本といった少量生産ができます。もちろん100本単位で生産している竿もありますが、このあたりを柔軟に対応できるのが強みだと考えています。

弊社ビルの地下のお店でも作っているのですが、現在、釣り人がこんなのものが欲しいというものも実験的に作る試みである「ベースメントラボ(Basement Labo)」という企画を実施し、面白いと思ったことはどんどん取り入れていきたいと思っています。

編:櫻井釣漁具というと江戸前の釣りのイメージもあります。

櫻井氏:土地柄もあって弊社は江戸前の釣りと一緒に歩んできた経緯があります。東京湾の釣りはいわば地元の釣り。今後もこの関わりをベースに竿作りをしていきたいと思っています。

編:サクラならではの「竿づくりへのこだわり」を教えてください。

櫻井氏:竿の素材として、竹はもちろんグラスやカーボンなどいろいろあります。多くのメーカーは軽さへの追求に重きを置く傾向があります。うちの場合「釣りを楽しむこと」を主眼に置いています。つまり、「硬ければ寄せやすい」「軽ければ使いやすい」とかではなく、竿がスムースなベンディングカーブを描くことで魚を寄せるというものです。このあたりには強いこだわりがありますね。また、量産してたくさん売ることではなく、釣り人が満足感を得られる商品を作っていきたいと思っています。

編:今後の展開についてはいかがでしょう。

櫻井氏:日本国内はもちろんですが、アジア・欧州またはEU諸国や中東にも販路を増やしています。基本的に国内でヒットしたものは海外でも受け入れられやすいのですが、いままでその土地になかった釣りの道具を売るには、地道な対応が必要だと思っています。

編:その土地になかった釣りで受け入れられた例はありますか。

櫻井氏:似たものがイタリアにあるみたいですが、日本独自に発展した「テンカラ釣り」が良い例ですね。このテンカラ釣りがアメリカで流行っているようです。聞いたところによると「フライフィッシングよりも簡単だから」ということです。そのためフライフィッシングのビギナーにテンカラ釣りをやってもらい、ラインで毛針を飛ばす感覚が分かってきたらフライフィッシングに切り替えたり、手返しのよさからテンカラ釣りをそのまま続けたりと、いろいろ楽しまれているようです。



——— 日本の釣りを130年余りも支え続けてきた櫻井釣漁具。文字通り日本を代表する「伝統あるメーカー」です。江戸前の釣りを長く愛好している方ならば想い出の竿も出てきたのはないでしょうか?

次回、第2回のテーマは「和竿メーカーとしての櫻井釣漁具」。「江戸藤」「江戸川」の和竿ブランドを持つ同社。もはや美術品とも称えられる和竿作りについて現役職人の方にインタビューします! ———